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安倍晋三 [D1.政治・経済・社会]


日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ

日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ

  • 作者: 安倍晋三
  • 出版社/メーカー: ワック
  • 発売日: 2013/12/26
  • メディア: 単行本
第1章 取り戻すべき日本とは何か
第2章 『永遠の0(ゼロ)』の時代、『海賊とよばれた男』の時代
第3章 「安倍晋三 再登板待望論」に初めて答える
第4章 安倍総理大臣で、再び日本は立ち上がる
●さらば! 売国民主党政権
●百田尚樹 特別書き下ろし「安倍晋三論」
第5章 安倍総理大臣、熱き想いを語る
──日本をもう一歩前に

9 books in 2014
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日本現代史-未来 [D2.日本史・世界史・近未来]

 こう見てくると、19世紀の半ばから、欧米を中心とした、「武力による植民地時代(強者が弱者から搾取)」が50年続き、20世紀になるとそれが、「武力による帝国主義(強者同士の戦い)」となり50年続き、大戦後の20世紀半ばから、「武力を背景にした経済優先資本主義と共産主義の対立時代(米ソ冷戦時代)」がまた50年続き、21世紀は、それが、「(アメリカを中心とする)経済優先資本主義(パックス・アメリカーナ)」に移行し始めているという感じでしょうか。21世紀の前半50年は、この世界の新秩序形成に、どう「中国」が影響を及ぼすのかが、今からの世界史のポイントになるような気がします。

 中国は、経済的には、2011年にGDPで日本を抜いて世界第二位になり、2025年頃には、世界一位になるそうです。軍事費も世界二位です。今の時点ではアメリカがダントツ一位なので、軍事費でも世界一位というように、簡単にはならないかもしれませんが、中国の数字の信ぴょう性や人件費は安いので、設備のみだと差は縮小すると思いますし、伸びが異常に高いとも思います。なんとなく、昔の「米ソの冷戦」の構図に似ている気がします。

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  中国は“海洋強国”という戦略を打ち出し、軍備の増強を図っています。まず中国は、エネルギー資源を輸入する際には、中東からインドの南を通って、マラッカ海峡、南シナ海を抜けて、海上輸送をするのが一般のルートですけれども、このルートをしっかり守りたいというのが1つ。もうひとつは中国がアメリカから万が一、核攻撃を受けた場合、中国は、最終的にアメリカに対して、核の報復攻撃を保障できるのは、原子力潜水艦による核ミサイルの発射です。この潜水艦を運輸できるのが南シナ海しかない、というふうに認識をしているからです。よって、中国は、南シナ海で抱えるASEAN加盟4カ国(ベトナム以外はブルネイ、マレーシア、フィリピン)との領有権紛争をしているわけです。そしてそこには、海底油田もあります。フィリピンのスカーボロー礁領土に関しては、中国がバナナ輸入や中国人観光客出国に制限をかけ、実質的に経済的制裁をしています。

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  尖閣諸島も含め、南シナ海域で、軍事緊張が高まっているわけですが、アジア諸国は、米国の防衛に頼りたいところです。また、海軍以外にも、サイバー、宇宙軍事も中国は拡大しています。実際2013年12月中旬、中国初の無人月探査機「嫦娥3号」が月面軟着陸に成功しましたし、中国軍は建国100周年に当たる2049年までに月に軍事基地を建設する計画を立てていると報じました。また、最近、勝手に「防空識別圏」なるものも設定し、近隣諸国に緊張を高めています。しかし、米国は、膨大な軍事費支出による財政赤字に悩まされ、オバマ大統領は、国内投資のほうへ注力せざる得ない状況で、海外の防衛支援には消極的にならざるえない状況にあります。よって、日本では、憲法9条を改定して、「集団的自衛権」を行使できるようにしようという動きがあります。しかし、「憲法改正には、衆参両院の三分の二以上の賛成が必要」という96条があります。これだと、ほぼ改正は不可能なので、これれを二分の一にしようと現内閣は言っています。憲法改正は、衆参で可決しても国民投票があるので、国民に審議されます。しかし、この国民投票があるというのを国民があまり知らされていないという事実もあります。

  中国にとって米国とのパワーバランスをうまくとりたいというのが、中国の国益でしょう。そのため、少なくともアジアでの親米諸国との関係、特に日米関係は、弱めたいと思うのではないでしょうか。米国での反日プロパガンダは、国内のナショナリズム高揚だけでなく、アメリカに対する離日施策としても行っているのかなと思います。親中路線の韓国の反日活動もうまく使いたいと思っているのはないかなと思います。最近、米国に「慰安婦像」の設置が、韓国系米国人有権者評議会等によって行われていますが、在米中国人の反日団体の世界抗日戦争史実維護連合会が後押ししているらしいです。これらは、2010年代の新しい動きです。これはロビー活動ですね。中韓の反日ロビー活動は増加しています。今は、驚くべきことに、世界各国の中国大使が日本批判論を現地の新聞に投稿したりしています。日本大使も最近は反論し始めたようですが、まだまだ、日本が反日に対して「弱腰」というのもあるかなと思います、もしそうであるなら、それはこういうロビー活動を助長することになると思いますので、きちんと意見を述べるという事は必要だと思います。

 中国では、軍部が力をつけてきて、必ずしも政府のコントロール下にはないようです。最近の中国の暴走のような軍事行動は、軍部は勝手にやり、後で政府が追認している形のものもあるようです。よって、日本が危機感を感じ、防衛強化に入るのは、自ら仕掛けたという矛盾をはらむものですが、中国政府にとっては、いいことではないので、第二次大戦持ち出して、反日展開し、防衛力強化を止めさせようという意図だそうです。

  20世紀の争いは、資源の獲得競争のようなものでした。

  資源国アフリカと中国の関係は、1950年代の台湾問題に端を発します。当時、できたばかりの中華人民共和国と台湾との間で、どちらが国連に認められる正当な国家なのかが、争われていたので、中国は積極的にアフリカと関係を強化しました。ました。今は、中国にとって、成長しつつあるアフリカはレアメタルなどの資源の獲得先として、また、製品の販売先として、さらには国際社会の場で支持してくれる存在として重要となっており、アフリカには、100万人以上の中国人が住んでいます。南アフリカにもチャイナ・タウンのようなものがありました。しかし、中には、労働者も中国から連れてきて、アフリカに金を落とさない「新・植民地主義者」と言う人もいます。

  シュールガス革命も新たな動向です。中国や北米には、大量のシュールガスがあり、既に開発が始まっています。これにより、アメリカの石油の中東依存度は低下し、政治的に今ほど中東に関与する重要さが低下します。そうなると、「米国による政治関与→米国でのテロ多発」のような事態が減るのではないかと思います。また、これは、米国と中国の国力を益々増大させるようになるということでもあります。

  もう一つの近未来のポイントは「北朝鮮」だと思います。北朝鮮は2,300万人の人口です。今は、三代目の金正恩によって、統治されていますが、他の独裁国家のように、いつかは、民主政権誕生になるのだと思います。韓国は、太陽政策をとって、統一の時に国民が敵意をもたないようにしているそうです。今の時点では、北朝鮮で革命が起こって、凄い量の難民が韓国や中国にこられても困りますので、近隣諸国としては、そのまま核兵器を開発したりしないで、徐々に経済発展して欲しいと思っていると思います。しかし、遅かれ早かれ、軍部によるクーデターはあるでしょう。そしてその後が問題です。「アラブの春」でも独裁政権打倒の後は、うまくいっていません。北朝鮮も、少し時間がかかるでしょう。その時の軍事政権がどのくらい民主的に国を統治できるか、韓国とどのくらい協調できるかですね。これが担保されれば、韓国は、隣に、二千万人の安価な労働資源を手に入れられる訳ですから、中国やその他の国に工場を作らなくても、北朝鮮に作れるわけです。他の国、もちろん日本にとっても、有望な投資国家になります。少なからず、資源としては石炭や鉄鉱石、タングステン他の希少金属をはじめとした鉱物資源が比較的豊富にあります。これがうまくいけば、新政権後、10-15年くらいで、朝鮮統一国家になる可能性も十分あります。韓国(人口5千万人)も少子高齢化なので、国益にかないます。ただ、朝鮮民族としてのナショナリズム高揚のために「反日」が利用される可能性は大いにあります(困)。

   韓国の反日と中国とのそれとは、同じではないようです。日本に住んだ経験のある韓国の人が書いた「韓国人が書いた 韓国が「反日国家」である本当の理由」と言う本がありますが、それによると、戦時中の日本が「鬼畜米英」と言って軍国少年を教育したように、今の韓国の人は、日本=悪というふうに教育されてしまっているとのことです。そして、メディアや反日マーケティングをする企業などもあり、韓国にいると自然とそういう認識になるそうです。皆、日本にも行ったことがない人も大勢いるわけですから。日本人の事を我々は視野が狭い「島国根性」と言いますが、韓国も北朝鮮とは戦争状態なのである意味「島国」なわけで、その島国しか通用しない考え方があるわけです。そして、韓国の政治家も政権が安定しなくなると「反日」を利用している側面もあるようです。中国の「反日」は、政治的な戦略が感じられますが、韓国のそれは、それこそ感情の問題のように感じます。

 日本としては、やはり、日本に来てもらって、日本を理解してもらう努力をしないといけないと思います。今、政府は、外国人観光客を倍増の2000万人にしようとしています。フランスの8000万人から比べたらそれでも大したことはないですが。留学生も3倍の30万人にしようとしています。2020年の東京オリンピックを目安にしていますが、この方向がいいと思いますね。観光客も留学生も大部分は中国、韓国の人だからです。そして、日本国民が現代史をちゃんと勉強して、きちんと議論ができるようにしておくことも重要です。今、グローバル人材とかいう言葉が流行っています。これは、海外にもっと出ていかなくてはと言う論調で語られることが多いですが、海外の人に日本をもっと理解するためにグローバル人材になるということも大いにあると思っています。日本人は海外を知ろうとはしていますが、日本を海外の人に知ってもらおうという努力は足りないのかもしれません。これもある意味「島国根性」なのでしょうか。

 人類の歴史には、いつも「力=武力、人種差別意識=国益」が根底にありました。今、世界が国境なきグローバル時代などと言われているのに、一番、賛同しているのは、昔から国を持たなかったイスラエル以外に住んでいる「ユダヤ人」だそうですが、世界は本当に国境なきグローバル時代を迎えるのでしょうか。

 さて、20世紀型の資本主義の発展段階をみると、いずれ賃金が低い国へと産業が移っていきます。これはこれで、貧しい国が豊かになっていくのでいい傾向でありますが、世界全体の経済が増大しないと発展はなく、未来は、パイの取り合いになり、第二次世界大戦を引き起こしたブロック経済=保護貿易になって行きます。TPPのようなFTAも、事情によって、破棄できないようにしなければなりませんね。

 よって、新しい形の社会を作っていかないといけないと思います。ひとつの参考になるのが、北欧社会です。人口や資源にもそんなに恵まれてなくても、ひとりあたりのGDPは高く、世界有数の企業も生み出しています。そのために、高福祉、女性の活用などは先端をいっていると思いますし、20世紀型の経済発展のようなギラギラさはありません。

 日本も、90年以降、十分に内省かする時間があったので、今後は、また高度成長期のような経済発展を模索するのではなく、北欧型のような社会つくりをしていくべきかなと思います。少子高齢化で人口も減るわけですから、軍事・経済大国を目指すことは不可能ですし、資源がない小国でも生きていける世界の模範となる国つくりが必要でしょう。そのためには、インフラ・医療・環境・高齢者ビジネス(介護ロボット等)を中心とし、女性や高齢者などの人的資源を北欧のように、うまく活用していくことなのだろうと思います。「アニメ」というのも一つのキーポイントになりそうです。これは、マズローのピラミッドの頂点を目指すわけですから、国民のコンセンサスはとりやすいとも思いますし、世界が日本に期待する事なのだろうと思います。また、中韓とビジネスなどで競合しないような、Blue Oceanへと舵取りすることが必要です。


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日本現代史-戦後 [D2.日本史・世界史・近未来]

  1945年、太平洋戦争は終結し、米国、マッカサー総督のGHQが日本を統治しました。東京裁判、憲法改正、財閥解体、教育改正など、ほぼ全ての仕組みを新体制にしました。これにより、日本人の戦前と戦後のイデオロギーの改革を行いました。また、実在するかどうかはわかりませんが、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(War Guilt Information Program)というGHQの、日本占領管理政策の一環として行われたとされる、戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための施策がとられました。日本人に戦争に対する「自虐史観」が埋め込まれたのは、この施策にあると言われます。この後、労働組合運動などが活発化します。

  その後、1951年のサンフランシスコ講和条約により、日本は6年ぶりに、自治を取り戻すことになったわけです。

  第二次大戦末期の1945年8月9日、ソ連は、当時まだ有効であった日ソ中立条約に違反して対日参戦し、日本がポツダム宣言を受諾した後の同年8月28日から9月5日までの間に北方四島のすべてを占領しました。当時四島にはソ連人は一人もおらず、日本人は四島全体で約1万7千人が住んでいましたが、ソ連は1946年に四島を一方的に自国領に「編入」し、1949年までにすべての日本人を強制退去させました。それ以降、今日に至るまでソ連、ロシアによる不法占拠が続いています。

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  中国では、日本との戦争が終結すると国民党と共産党との対立が激化して再び国共内戦が始まりました。米国からの支援が減った国民党に対して、ソビエト連邦からの支援を受けていた中国共産党が勝利し、1949年に毛沢東が中華人民共和国の成立を宣言します。内戦に敗れた中国国民党の蒋介石率いる中華民国政府は台湾島に撤退しました。1950年中ソ友好同盟相互援助条約が結ばれ、ソ連の経済援助の下で復興を目指すこととなりました。1950年、チベット侵攻。

  1948年に韓国、1949年に北朝鮮が独立しましたが、1950-53年にわたり、両者で「朝鮮戦争」が勃発します。これは、米国対中京・ロシアの代理戦争でもありました。1953年に北緯38度線付近を軍事境界として休戦となり、今もその状態は続いています。

  この「朝鮮特需」により、神武景気が起こりました。これが、日本の高度経済成長のはじまりで1954年から1957年続きました。

  反共と同時に反日家でもあった李承晩は、今度はポツダム宣言で日本が放棄したとする日本領土について、返還を主張し始めました。大統領就任3日後の1949年、「対馬は350年前に日本に奪取された韓国の領土」と主張し、対馬領有を宣言した。それ以前にも李承晩はアメリカ政府に対し、対馬と竹島を日本領から除外するよう執拗に要求していたが、アメリカは再三にわたって拒絶していました。1952年、李承晩韓国大統領は「海洋主権宣言」を行って、いわゆる「李承晩ライン」を国際法に反して一方的に設定し、そのライン内に竹島を取り込みました。我が国は、韓国による「李承晩ライン」の設定以降、韓国側が行う竹島の領有権の主張、漁業従事、巡視船に対する射撃、構築物の設置等につき、累次にわたり抗議を積み重ねました。そして、この問題の平和的手段による解決を図るべく、1954年、上書をもって竹島の領有権問題を国際司法裁判所に付託することを韓国側に提案しましたが、韓国はこの提案を拒否し、現在に至っています。

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  実際、人が住める環境でもなく、竹島の下に地下資源があるわけでもなく、漁業権があるだけです。

 

  1956年(昭和31年),私が産まれる1年前に、「日ソ共同宣言」「国際連合」加盟などがあり、「もはや戦後ではない」と経済白書に書かれました。

  そして、1958年の岩戸景気、66年のいなざき景気という高度成長期を迎え、64年東京オリンピック(新幹線開通)、70年、万国博覧会、72年札幌オリンピックなどの国際イベントもあり、60年安保締結、65年日韓基本条約、72年沖縄返還、日中共同声明などの外交政策。また、66年は、人口が1億人を超え、68年にGNP世界第2位まで回復しました。70年

  中国は、1958年に「大躍進政策」が始まりましたが、その失敗と天災が重なり、大規模な飢饉が中国を襲い、少なくとも2000万人と言われる餓死者を出し、政策は失敗に終わりました。1964年中国は核実験に成功し、軍事的な自立化に大きな一歩を踏み出しました。一方で1965年にアメリカによる北爆が始まりベトナム戦争が本格化すると、軍事的緊張も高まります。そして、1966年に毛沢東は文化大革命を提唱しました。文化大革命は後期になると国内の権力闘争や内乱状態を引き起こしたが、最終的に文化大革命は1976年の毛沢東死去で終結しました。文化大革命では各地で文化財破壊や大量の殺戮が行われ、その犠牲者の合計数は数百万人とも3億人とも言われています。また学生たちが下放され農村で働くなど、生産現場や教育現場は混乱すると、特に産業育成や高等教育などで長いブランクをもたらしました。しかし、一方では、1971年に国連の常任理事国の地位も得るなど、国際的地位も獲得します。

  韓国は、1963年、朴正煕(パク・チョンヒ)は8月に軍を退役して大統領の座に就きます。1965年には、日本との国交を結ぶ(日韓基本条約)。日韓基本条約は日本統治時代を清算するものでなく、僅かばかりの金で国を売るものであるとして、民主化活動家の大学生に市民も加わった韓国民と野党議員たちの激しい抵抗の中、日本との条約締結が強行されました。また、日本国内でも、条約に基づく巨額の資金提供は独裁政権を利するとして反対運動が起こり、大学生を中心に大々的な反対運動が展開されています。その後、アメリカの要請に応じてベトナム戦争への派兵も決定し、大量(31万人)の韓国軍将兵をベトナムへ派遣しました。西ドイツへ炭鉱労働者と看護婦を派遣し、その給与を担保に借款を受けたことに始まり、日韓基本条約の締結により得た資金を不足していたインフラの整備に充てたことや、ベトナム参戦による特需などが「漢江の奇跡」と呼ばれる経済成長に繋がっていきます。教育政策では高等学校を大幅に増設し高等教育機関への進学率をアジア随一のものにさせるなど教育政策にも力を入れ、「開発独裁」を推し進めます。また、彼は、日本で学び、日本軍人でもあったため、「親日派」とも言われています。

  尖閣諸島は、1968年の海底調査の結果、東シナ海の大陸棚に石油資源が埋蔵されている可能性があることが指摘され、1971年に中国、台湾が領有権を主張しはじめました。1969年および1970年に国連が行った海洋調査では、推定1,095億バレルという、イラクの埋蔵量に匹敵する大量の石油埋蔵量の可能性が報告された。結果、周辺海域に豊富な天然資源があることがほぼ確実であると判明します。

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  60年代の爆発的な経済成長の後、イデオロギーの変化が特に若い世代に起こり始めます。1960年代半ばは、ベトナム戦争反対や安保闘争なので、「全学連」と呼ばれる学生運動が活発化しました。1970年以降はそれが打ちゲバといわれるような内部闘争になっていきます。この頃は、若者の価値観の変化が著しく、ヒッピー、長髪、ロック、ドラッグ、サイケ、ジーンズというような新しいカルチャーが出てきます。1970,80年代に、少なからず、中国共産党の影響を受けた日本赤軍は、70年よど号ハイジャック事件、72年テルアビブ空港襲撃事件、72年浅間山荘事件。

  その後、1971年に1ドル=360円から、変動相場制度(ニクソン・ショック)への移行。73,79年、オイルショックと経済的に厳しい状況を迎えます。

 1982年に中曽根康弘内閣がスタートします。公営事業の民営化が図られ、85年にNTT,JT、87年にJRが発足します。87年からバブル景気(平成景気)で、経済が好転換し始めます。

  政治家の汚職も摘発され始めます。1976年ロッキード事件で、総理の犯罪として、田中角栄首相逮捕。88年リクルート事件で、大規模な政治家、官僚の贈収賄が発覚。これにより、1993年、細川内閣成立により55年より38年続いた自民党55年体制崩壊。これは、戦後の「政治的バブル崩壊」と言えるのかもしれません。

  また、1991年にソ連が崩壊し、冷戦が終結します。これにより、米国で軍事的に利用されていたインターネットが民間が使っていい技術となってきました。

  靖国問題もこの頃から始まります。1979年A級戦犯の合祀が公になってから1985年までの6年4月間、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘が首相就任中に計21回参拝をしているが、1985年8月に中曽根首相が参拝するまでは、非難はされていなかった。1985年の参拝に対しては、それに先立つ同年8月7日の朝日新聞が『靖国問題』を報道すると、一週間後の8月14日、中国政府が史上初めて公式に靖国神社の参拝への非難を表明しました(ちなみに、靖国神社の前身である東京招魂社は、明治天皇の命により、戊辰戦争の戦死者を祀るために1869年(明治2年)に創建された。後に、1853年のアメリカ東インド艦隊の司令官ペリー来航以降の、国内の戦乱に殉じた人達を合わせ祀るようになる。1877年の西南戦争後は、日本国を守護するために亡くなった戦没者を慰霊追悼・顕彰するための、施設及びシンボルとなっている)。

  朝日の行動は、国益に反しますが、なぜこのような行動をとったかと考えるに、多分、戦時中に軍部に逆らえず、右翼的な論調にならざるおえなかったジャーナリズムのアイデンティティの崩壊を経験してしまったため、戦後に、極端に左翼に振れてしまったのかなと思います。そして、労働運動や学生運動などの動きがあり、また、政治の腐敗を訴え、反体制ジャーナリズムで過去の汚点を挽回しようとしたのではないでしょうか。

 中国は、この後の民主化の市民の運動をそらし、ナショナリズムを高めるために靖国問題を利用していきます。韓国は、まだ反応しませんでした。

 中国では、1978年に鄧小平が政権を握ります。鄧小平は、政治体制は共産党一党独裁を堅持しつつ、資本主義経済導入などの改革開放政策を取り、近代化を進めた(社会主義市場経済、鄧小平理論)。この結果、香港ほか日米欧などの外資の流入が開始され、中国経済は離陸を始めました。この年が現代中国の始まりだったと思います。今から36年前ですね。

  そして、1989年には北京で、1980年代の改革開放政策を進めながら失脚していた胡耀邦の死を悼み、民主化を求める学生や市民の百万人規模のデモ(天安門事件)が起きましたが、これは政府により武力鎮圧されました。この民主化運動を契機に、共産党愛国教育が学校で実施され、それに伴い反日教育になったというわけです。1990年代には、江沢民政権のもとで、鄧小平路線に従い、経済の改革開放が進み、特に安い人件費を生かした工場誘致で「世界の工場」と呼ばれるほど経済は急成長します。なお、1997年にイギリスから香港が、1999年にポルトガルからマカオが、それぞれ中華人民共和国に返還され、植民地時代に整備された経済的、法的インフラを引き継ぎ、中華人民共和国の経済の大きな推進役となりました。2001年にBRICsという言葉が出てきて、中国は、新興国の代表となります。

  韓国は、1963年から開発独裁をおし進めていた朴正熙大統領に対する反対派が多く、学生運動もおこりました、73年金大中事件、74年朴正煕大統領夫人暗殺、79年大統領暗殺という結末になります。しかし、後年、韓国の発展に最も大きく貢献した韓国歴代大統領ともいわれており、韓国大統領の人気ランキングでは、朴正煕がダントツ1位の75.8%で、2位の金大中(12.9%)に大差をつけています。 彼の娘朴槿恵が大統領になれたのも、朴正煕への国民の回顧が助けになったということです。

  1980-88年までは、全 斗煥大統領の政権です。彼は、1981年の演説では、「我々は国を失った民族の恥辱をめぐり、日本の帝国主義を責めるべきではなく、当時の情勢、国内的な団結、国力の弱さなど、我々自らの責任を厳しく自責する姿勢が必要である」と主張してたり、1984年、戦後の韓国元首として初めて日本を訪れ、昭和天皇との晩餐会に臨むなど、日本と向き合う姿勢を強調しました。1988年のソウルオリンピック開催を目指していた韓国ですが、北朝鮮との関係はこれにより悪化し、1983年、北朝鮮の工作員による全斗煥を狙ったラングーン爆弾テロ事件が発生したり1987年には北朝鮮の工作員金賢姫らによる大韓航空機爆破事件が起き、南北関係は緊迫度を増します。この逮捕された北朝鮮の工作員の発言により、拉致された日本人が北朝鮮にいるということが、公にされました。このころは、まだ民主化とはいえず、反政府デモなどもありましたが、厳しく取り締まります。1988年、不正蓄財などで、死刑判決を受け失脚(金大中の計らいにより、減刑の後、特赦)。

 1988-93年の盧 泰愚(ノ・テウ)大統領の時代は、高まる民主化の要求に対し、「民主化宣言」をしました。外交面では共産圏との関係改善に乗り出し、1990年にソ連、1992年に中華人民共和国と国交を樹立。また1991年には北朝鮮との同時国連加盟を実現させている。退任後の1995年に政治資金隠匿が発覚。さらに粛軍クーデター・光州事件も追及され軍刑法違反として懲役刑を受け、1997年に特赦されました。韓国も60年代後半から70年代前半の「漢江の奇跡」を経て、民主化というイデオロギーの変革の時代だったのだろうと思います。

 いわゆる「従軍慰安婦」問題は、吉田清治という人物が1983年に済州島で200人の女性を拉致したと証言する『私の戦争犯罪―朝鮮人強制連行』という本を出版し、講演活動などをします。これをきっかけに元慰安婦と名乗る女性も現れたり、1991年より朝日新聞も報道します。朝日新聞による「従軍慰安婦」報道は韓国でも伝えられ、反日感情が高まり、慰安婦問題は日韓の政治問題となっていきました(その後、1996年に吉田は「本に真実を書いても何の利益もない」と事実と創作を混ぜて書いたと述べました)。1992年より、日本政府も対応を迫られ、1993年、宮沢改造内閣は慰安婦調査の結果「いわゆる従軍慰安婦問題について」を発表しました。ここでも強制連行を示す資料は存在しなかったと明記されましたが、同日、政府調査発表の際に、河野洋平官房長官が「河野談話」を発表。河野談話では「日本政府が強制したということは認めたわけではない」が、日本軍の要請を受けた業者によって女性が意志に反して集められ、慰安婦の募集について「官憲等が直接これに加担したこともあった」「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。」として、「日常生活に強制性が見られた」と解釈し、反省とお詫びの意を示した。その後、河野談話が国内外から出される対日非難決議の根拠とされることもあり、河野談話の評価については議論が分かれています。

 1997年のアジア通貨危機で韓国も大打撃を受けます。98年金大中政権は引き続きIMFの介入を全面的に受け入れた上で、経済改革に着手した。IT産業奨励やビッグディール政策(財閥間の事業交換、統廃合)をもって経済建て直しを図ります。危機を脱した韓国は内外から「IT先進国」と呼ばれるようになり、サムスン電子や現代自動車の世界市場での地位を高めます。しかし、急激な産業構造の転換は貧富の格差の増大なども招きました。2001年から、韓国は「靖国参拝」を非難しはじめます。これもナショナリズムを高める施策でしょうか。また、1997年のアジア通貨危機によって韓国経済が破綻すると、韓国は官民を挙げて韓国ドラマや映画などコンテンツの輸出を推進し、韓国政府も積極的にコンテンツ産業振興策を支援しました。日本でも2003年から「冬のソナタ」のヨン様が人気となり、その後の韓国ドラマ、K-POPと「韓流ブーム」が起こり、日本における韓国の好感度は上がりました。

 

  日本では、1990年にバブルが崩壊し、いわゆる「失われた20年」が始まります。89年、「平成」スタート。

  経済的には、95年阪神・淡路大震災,オウム真理教地下鉄サリン事件、97年アジア通貨危機、2001年ITバブル崩壊、2005年より人口減の方向に、2008年世界金融危機(リーマンショック),2011年東北大震災・福島第一原発事故などの経済には、マイナスの出来事が起こりました。ポジティブなところでは、95年Windows95発売、98年長野オリンピック、2002年ワールドカップを韓国と共同開催、そして、2013年東京オリンピック2020年開催決定です。 政治的には、91年、ソ連崩壊、これにより、東西冷戦に終止符が打たれ、新たな世界秩序に移行します。自民党が、左翼寄りに日和った時期もあり、保守と野党との区別があまりつかなくなり、民主党政権が誕生した時期でもあります(2009-2012年)。

  この「失われれた20年」は、何だったのかという事ですが、「戦争」「戦後の猛烈な働き」「集団就職」「大規模な汚職・不正」「受験戦争」「スポーツ根性論」「民主化運動」など非常に外に向けたエネルギー放出時代から、「ネット文化」「おたく文化」「ボランティア」「草食系」という内省的な時代へと移行した時代ではなかったのかなと思います。

  マズローの欲求説の下から上に上がっていったということでしょうか。物質的なものから精神的なものを求めだしたということですね。実際、日本人の質が、この20年は非常に高くなったような気がします。

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  2005年、盧武鉉(ノムヒョン)大統領は三一節の演説で日本に植民地支配への明確な謝罪と反省、賠償を要求し、ついに対日強硬政策へと舵を大きく切り直しました。盧武鉉がこのような強固な反日政策をしたのは、韓国社会の主流が日本統治時代に生まれた日本語世代から戦後から日韓国交正常化までに激しい反日教育を受けたハングル世代へと入れかわったため、としている。大の日本嫌いであった初代大統領の李承晩は反日教育を行ったが、朴正煕、金泳三と金大中達はそれ以前の日本統治時代の生まれで対日感情は悪くなかった。大統領は、贈収賄疑惑で自殺。2012年李 明博(イ・ミョンバク)大統領は、独島(竹島)に上陸し韓国領であると改めて発言し、初めて独島に上陸します。そして天皇陛下謝罪発言が飛び出し、急速に反韓感情が日本で高まり、10年続いた「韓流ブーム」は終了しました。2013年2月に、朴 槿惠(パク・クネ)大統領になり、親中・反日路線を突き進んでいます。

朴槿恵が「アベと会えない」理由

朴槿恵が中国に「NO」と言えない理由

  戦後約70年の日本は、50-60年代の「高度経済成長」、70年代「イデオロギー革命(民主化)」、80年代「民営化、政治腐敗問題、バブル経済」、90年以降「失われた20年」という経緯をたどりました。韓国は、日本の80年代(20年前)、そして中国は、日本の60年代(40年前)のような経過をたどっているように見えます。


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日本現代史-戦前 [D2.日本史・世界史・近未来]

  15世紀中ばから17世紀中ばまで,宗教革命(プロテスタントとカトリック)も一つのきっかけになったといわれる「大航海時代」という西南ヨーロッパ人(主にスペイン・ポルトガル)によるインド・アジア大陸・アメリカ大陸などへの植民地主義的な海外進出が行われました。フィリピンには、1521年にマゼラン率いるスペイン船団がきました。その後、1565年から、スペインは、フィリピンを300年間(1898年まで)も植民地にしました。日本にも1549年、フランシスコ・ザビエルが来て、カトリックの布教を始めます。大名までの改宗し、キリシタン大名と言われました。

 日本では、14世紀前後の北九州から朝鮮半島南部、明国沿岸にかけての東アジアの海上世界は、日本人で構成された「倭寇」が活発化していました。1419年には、朝鮮水軍が対馬に報復し、朝鮮側の勝利(対馬征伐)。

 秀吉の「朝鮮出兵(文禄・慶長の役)」が1592,3と1597,8年です。これは、秀吉が明征服を目的に(信長の野望でもあったそうです)、まず朝鮮を征服しようと企て、なんと14万人の勢力(日本の人口が2,200万人、朝鮮は500万人、明朝は1億5000万人、イベリア帝国(スペイン・ポルトガル)は1050万人の時)で、明と朝鮮軍の連合軍(20万人+20万人)と闘いました。16世紀の世界最大の戦いだそうです。秀吉の死去で、撤退し、その後出兵した諸大名は、弱体化し、出兵しなかった徳川家康が天下を取ります。

 出兵の目的は、当時スペインは、フィリピンの次に、明や日本侵略を狙っていた。それを知った秀吉は、スペインに逆に、共同で明を攻めることを提案するが拒絶される。それならば、先に秀吉が明を攻め、スペインから日本を守るという事を考えたそうです。当時、戦国時代の後の天下平定により、たくさんの武士(50万人)が余剰していて、領土という報酬を与えられない状況も解決できるという意図もあったとのことです。明に大量な兵士を送れる船もない秀吉は、朝鮮に渡って、李氏朝鮮に明を攻める協力を申し出ましたが、宗主国を裏切れないと断られ、それならば、まず朝鮮を攻めるという事にしたのだそうです。

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 しかし、韓国側は、この朝鮮出兵が、明攻略の「唐入り」を目指したものではなく、突然攻めてきた「朝鮮侵略」という史実になっており(まあ、当然そう思うでしょう)、現在の韓国の「反日」の原点にもなっています。たとえば、この戦争によって、朝鮮が荒廃したこと、戦功の証明として「はなそぎ」のような行為があったこと。出兵に参加した大名たちによって連れてこられた朝鮮人から様々な技能が伝えられたり、朝鮮人儒学者との学問や書画文芸での交流、そして陶工が大陸式の磁器の製法、瓦の装飾などを伝えたことで日本の文化に新たな一面を加えたこと(朝鮮のおかげ)等です。

 その後、18世紀半ばから19世紀にかけて、英国を皮切りに「産業革命」が起こりました。植民地からの原料供給もありました。これは、「農業社会から工業社会」への変換期にもなり、人口は爆発的に増加し出しました。1776年がアメリカ独立です。江戸時代は、1603年から1867年です。日本は、200年間の「鎖国」に入ります。

 19世紀初頭から半ばにかけて、アジアのほとんどの国が、19世紀後半には、アフリカ諸国が、欧米の植民地となりました。下図が1989年の植民地化の地図です。東アジアで言うと、日中韓国がまだ独立を保っています。まさに「欧米の世界」「白人の世界」または、「工業国vs農業国」「先進国vs後進国」という状況です。この頃までは、「弱肉強食」という動物界のルールが適用されていたのでしょうね。

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  欧米にとって、最後のターゲットが、まだ植民地化していない「Far East = 極東」の東アジア地域でした。

 当時中国は「清王朝(1644年から1912年)」でした。19世紀の中国は、清の支配が衰え、繁栄が翳った時代大規模な社会動乱、経済停滞、食糧の供給を逼迫させる人口の爆発的増加などに苦しんでいました(18世紀前半には推定2億人だった人口はわずか100年後の19世紀前半にはその2倍、推定4億人を突破したとされる)。1840-1年に、英国が輸入代金の代わりにアヘンを輸出していて、それを阻止しようとして、「アヘン戦争」が起こりました。そして、清朝の衰退に伴い、清に勝利したイギリスは中国に賠償金と香港割譲、上海などの開港を要求、不平等条約を締結。これに米仏も便乗しました。1858年、ロシアに沿海州割譲(ウラジオストック建設)。1860年、英国に九龍半島割譲。

 「華僑」は、端緒期は、対外貿易の発展した8-9世紀の唐代であり、展開期は16世紀の後半の明代に、東南アジア方面への海禁を解除したため、交易のため東南アジア方面へ向かう中国商人が増大しました。大量流出期は、清朝も混乱期に向かう19世紀以降で、アヘン戦争の敗北で南京条約を結んだ中国が開国させられたことによって、中国人労働者の大量流出が本格化します。奴隷貿易の廃止を受けて、苦力(クーリー)と言われる奴隷に近い労働者として中国人が導入され、シンガポール、スズ鉱山のマレー、ゴールフォラッシュで湧く北米、サトウキビ畑の中南米へと世界に輸出されました。1910年代、華僑に何もしてくれない清王朝に不満を持った華僑は、本土で「滅満興漢」を合い言葉に清朝打倒の辛亥革命が発生した時に孫文を支持し、巨額の支援金(華僑醵金)を新生の中華民国に送りました。

 出遅れていたアメリカは、1853年、ペリーを日本に来航させたり、清に進出します。清の敗北と半植民地化という情報は、日本でも衝撃をもって迎えられ、アメリカの脅威も感じ始めます。アヘン戦争以後、東アジアで欧米による帝国主義の波が強まる中で、尊王攘夷運動が起こり、1868年、明治維新が起きます。「文明開化」「富国強兵」の始まりです。

 1860年代半ば以降、フランスやアメリカは、朝鮮半島を支配していた朝鮮王朝に開国を迫っていました。日本も、朝鮮に対して条約締結と開国を迫り、1876年に「日朝修好条規」を結んで朝鮮を開国させました。しかしその一方で、清国も朝鮮への介入を強めていきました。

 ロシアは1891年にシベリア鉄道建設など中国進出を開始し、ロシア南下は日本にとって脅威となりました。1894年、韓国は東学党の乱の鎮圧に失敗し、清と日本に救援を求めます。日本は清に韓国の共同統治を申し出ますが、清が拒絶したので、「日清戦争」が明治維新から26年後の同1894年に勃発します(日本軍約24万人に対して清軍約63万人)。日本は完勝し、講和条約では遼東半島、台湾を割譲しました。朝鮮も独立させます。しかし、すぐ露仏独の「三国干渉」があり、遼東半島を返還します。1895年より「台湾統治」です、当初は、台湾住民の抵抗は強く、日本軍の戦死者は約2000人。日清戦争時の戦死者が1200人ほどだったといいますから、それを超える抵抗を受けたということです。

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日本と中国(清)が互いに釣って捕らえようとしている魚(朝鮮)をロシアも狙っている

  帝国主義時代に行われた日清戦争は、清の威信失墜など東アジア情勢を激変させただけでなく、日清の両交戦国と戦争を誘発した朝鮮の三国にも大きな影響を与えました。近代日本は、大規模な対外戦争(陸軍、海軍)をはじめて経験することで「国民国家」に脱皮し、この戦争を転機に経済が飛躍します。日本は、清の賠償金(日本の国家予算の3倍)などを元に、「金本位制」をしき、軍備を拡張し始めます。朝鮮も戦場になりました。1958年(昭和33年)の日清戦争の映画もあります(ちょっと中国の反日映画っぽいですが)。

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  日本もいつの間にか、「欧米の列強」と同じ国家になっていったということですね。現に、当時、欧米世界に日本の戦争の正当性を訴え、その中で「日本は東洋に於ける進歩主義の戦士なり」として、進歩の敵である中国以外の世界中すべてが日本の勝利を望むだろうと言っています。日本は欧米流の文明を取り入れ、近代化を図っているという自負があったのだそうです。

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ビゴー『1897年の日本』 列強クラブに入る日本だそうです。

  アメリカは、1898年に、フィリピン、グアム、ハワイを領土とし、太平洋を制覇します。

  満洲を勢力下においたロシアが朝鮮半島に持つ利権を手がかりに不凍港を求め、南下政策を取りつつありました。1900年にロシアは清で発生した義和団の乱の混乱収拾のため満洲へ侵攻し、全土を占領下に置き、満洲の植民地化を既定事実化しようとしたため、1902年、利害が一致する英国と「日英同盟」を締結、ついに1904-5年、「日露戦争」勃発。日本の勝利、南満洲鉄道を獲得するなど満洲における権益を得ることとなりました(日露戦争といっても、陸軍は、韓国を渡り、中国本土で決選したので、両国民にすればたまったものではなかったでしょうが)。日露講和に、米国のルーズベルト大統領の力を借りました。そして、日本は、非白人国として唯一列強諸国の仲間入りをし、後には「五大国」の一角をも占めることとなったわけです。そして1910年、「韓国併合」。日露講和によって中国での権益を得ることを期待していたルーズベルトは、日本に拒否され、これ以降反日感情を強くしました。またアメリカの国民の間からも人種差別的な黄禍論が急速に盛り上がり、のちの日米開戦へとつながっていくことになります。

  この日露戦争の日本の勝利は、「白色人種に黄色人種が勝利した」という、世界に大衝撃を与えた事件でした(ビデオ)。

  この時、南樺太と千島列島を露から割譲します。戦後、北方領土が問題になっていますが、この四島は、以前から日本の領土だったから、戦争によって拡大した領土ではないので、返却すべきだと言っているわけです。ロシアとしては、太平洋に抜けられる重要な地点として、ロシア人を移住させて実効支配しています。歯舞諸島・色丹島の2島だけならば、聖域となっているオホーツク海への軍事的影響はほぼないので、交渉次第では返還される可能性があるそうです。

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 当時、欧米では「黄禍論」がジャーナリズムに登場しだします。(ヨーロッパの各民族よ、諸君らの神聖な富を守れ)。皆でブッタをやっつけろということです。このころの欧米人の率直な感覚だったのでしょうね。

 

 中国では、弱体化した清に対し、1911年には辛亥革命というのが起こります。1912年1月には孫文が臨時大統領となり中華民国が成立することとなるのでした。清は、袁世凱という軍人勢力の実力者を立てて、革命政府に対抗が、しかこの袁世凱がなんと自分を中華民国の臨時大統領にするという条件で清を裏切り、清朝では皇帝溥儀(ラスト・エンペラー)が退位することなり、その長い歴史に幕を閉じました。これを契機に、1911年には外モンゴルが独立を宣言。1913年にはチベットも独立を宣言します。その後の中国は事実上、分裂状態となり欧米列国の食い物とされていきます。

  1914年、「第一次世界大戦」が勃発します。主な戦場は欧州ですが、植民地まで戦火は広がります。日本もドイツに宣戦布告し、ドイツの拠点の青島を日英軍で攻略します。1919年終戦。中華民国はドイツ権益が中華民国政府の管理下におかれるべきと要求しましたが、日本政府は戦時国際法上の軍事占領として日本軍が管理するべきものとし、日中関係が悪化しだします。1915年、日本は、「対華21ヶ条要求」を出し、日中関係はさらに悪化。

  近代戦による悲惨な「弱肉強食」のための戦争に対する、厭戦感が広がり、1920年、国際連盟が発足しました。日本は、人種差別廃止を提案しましたが、英米など植民地を多く持つ国に阻止され、まだ、世界は、現代の価値観まで到達しませんでした。1921年には、ワシントン軍縮会議が開催されます。

  米国は、日本の台頭を歓迎せず、日英同盟を破棄させるように動き、1923年、日英同盟解消。翌1924年に米国で移民法排日移民法が施行されます(1920年には米国全土で約12万人)。この頃から次第に、日本で反米感情が高まりました。

  アメリカ合衆国は、1920年代にはイギリスに代わって世界最大の工業国としての地位を確立し、第一次世界大戦後の好景気を謳歌していました。しかし1929年、アメリカ経済は生産過剰に陥り、それに先立つ農業不況の慢性化や合理化による雇用抑制と複合して株価が大暴落、ヨーロッパに飛び火して世界恐慌へと発展します。世界恐慌に対する対応として、英仏両国はブロック経済体制を築き、アメリカはニューディール政策を打ち出してこれを乗り越えようとしました。しかし、広大な植民地市場や豊富な資源を持たないドイツやイタリアではこのような解決策を取ることはできません。両国の国民は絶望感と被害者意識をつのらせ、ファシズム、ナチズムの運動が勢力を得る下地が形作られます。絶望の中の「カリスマ」待望ですね。日本でも、1923年関東大震災、1930-31年は、昭和恐慌、1930-34年は東北大飢饉が起こります。1936年、1500人の若年軍人が昭和維新を起こそうと「二・二六事件」が起きます(映画)。

  実は、米国では、1919年から日本を仮想敵国とする「オレンジ・プラン」が計画されていました。日本でも1923年に、同じように、米国を仮想敵国とする計画が練られ始めました。

  そして、東アジアでは、1931年に関東軍が「満州事変」を起こします。国際連盟により派遣されたリットン調査団は自衛の範囲とは呼びがたいと結論し、1933年、日本は、国際連盟を脱退します。1937年、ルーズベルトは、演説で、日本を「侵略国」と非難します。1938年に米国が日米通商航海条約の廃棄を通告し、日米関係は開国以来の「無条約時代」に突入しました。日本は、大本営政府連絡会議で「対米戦争」を考慮に入れた「世界情勢ノ推移ニ伴フ時局処理要綱」が採択されました。

  当時、満州国建国などで国際的に孤立してしてしまっていた日本は、ドイツの勢いに乗ることにします。1940年、ドイツと同じくファシズムに走っていたイタリアとも手を組み、日独伊三国軍事同盟を結びました。しかし、遠いヨーロッパの国の2国と軍事同盟を結んだところで実質的な効果はなく、逆にイギリスを支援するアメリカとの対立を深める原因になってしまいます。

  アメリカは経済制裁を始めます。その頃、石油や鉄の輸入の7割以上をアメリカに依存していた日本は、相当な打撃を受けます。1941年4月に日本はアメリカとワシントンで交渉を開始。

 
しかし、その一方で日本の陸軍は石油やゴムなどの資源を求め、ベトナムへ軍を進めサイゴンへ入城します。サイゴンとはアメリカ領のフィリピン、イギリス領のシンガポール、オランダ領のインドネシアなどすべてを攻撃できてしまう場所。これに危機感を募らせたアメリカは日本に対して石油の輸出を全面禁止。アメリカにいる日本人の資産を凍結させるなどの処置にでます。

 そして、同年11月。アメリカ国務長官ハルは最後の提案として日本に中国からの日本軍の撤兵、日独伊の同盟廃棄、中国の満州を満州事変以前の状態に戻すことなどの条件を日本に突きつけました(ルーズベルトは戦争しないと公約していたので、日本側から仕掛けさせたい
動機がありました)。しかし、日本としては到底飲める内容ではなく、1941年真珠湾にてアメリカ海軍を攻撃。太平洋戦争勃発。

 つまり、17世紀の「大航海時代」、18世紀の「産業革命」を経て、19世紀半ばからの「欧米の植民地政策」で東アジアでは、国際環境が激変し、19世紀末より、それに対して、「日本」が力をつけてきて、太平洋戦争へと突入してしまったという事になります。根底に自民族が優位であるというような「人種差別意識」があったのだと思います。


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「つながり」を突き止めろ [人事2-コンピテンシー・イノベーション]

 

「つながり」を突き止めろ 入門!ネットワーク・サイエンス (光文社新書)

「つながり」を突き止めろ 入門!ネットワーク・サイエンス (光文社新書)

  • 作者: 安田 雪
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2010/10/15
  • メディア: 新書

●ネットワーク・サイエンスは、米国陸軍研究所において、テロリストの割り出しのために官給されている。

●電子メール送受信データで社内ネットワークが俯瞰されるが、プライバシーなどの問題で容易ではない。しかし、日立とコクヨが組んで、企業の情報伝達システムの運用、フロアレイアウトの変更提案などと抱き合わせた、組織改善コンサルティングも始まった例もある。費用は、一件、1,000万円。他にフジゼロックス、IBM,野村総合総合研究所。

●メール分析では、ハイパフォーマーほどポジティブな言葉を多用している。また、「お願い」表現と「感謝」表現の二つが行き来している人同士を結ぶと信頼・協業ネットワークがみれる。そして、ハイパフォーマーは、そのブローカー(仲介者)となっている。

●スモール・ワールド現象small world phenomenon:知り合い関係を芋づる式にたどっていけば比較的簡単に世界中の誰にでも行き着くという仮説である。あえて日本語にすれば(広いようで)「世間は狭い」現象である。6名と言われている six degrees。

●エイズ撲滅キャンペーン;「カレシの元カノの元カレを知っていますか」

●新型インフルエンザの感染もネットワークによる。

●人間関係認知能力

著者について

安田雪(やすだゆき)
関西大学社会学部教授。1963年東京生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。コロンビア大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。東京大学ものづくり経営研究センターなどを経て現職。組織や社会集団を中心に、分野横断的にネットワークの構造と影響を考察する「社会ネットワーク分析」に四半世紀、従事。理工系研究者、企業との共同研究も多数。関係構造の解析以上に、見える化した関係の解釈と、その見えざる影響力の解明に力を注ぐ。2008年より京都在住。著書に『ネットワーク分析』(新曜社)、『人脈づくりの科学』(日本経済新聞社)、『大学生の就職活動』(中央公論新社)など。
 
7 books in 2014


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人脈づくりの科学 [人事2-コンピテンシー・イノベーション]

人脈づくりの科学 「人と人との関係」に隠された力を探る

人脈づくりの科学 「人と人との関係」に隠された力を探る

  • 作者: 安田 雪
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞社
  • 発売日: 2004/08
  • メディア: 単行本

●社会人で、自分の仕事の効率を下げている人は「上司」という答えが一番で、若い人ほど多い。

●日米とも、同じ派閥などのネットワークよりも、「分散的多様性ネットーワーク」を持っている人のほうが評価される。

●「シンプソン係数」自然言語処理における係数の一種で、XというキーワードとYというキーワードが同じページや同じ文書内で出現する(共起する)場合の頻度の強さを表現する指標として使用される係数のことである。主にWebなどの大規模文書において採用されている。

 例えば、検索エンジンを使って「りんご」「みかん」と検索した場合、仮に「りんご」というキーワードの検索結果が5,830,000件、「みかん」というキーワードの検索結果が5,370,000件、「りんご みかん」という検索条件の検索結果は1,970,000件ヒットしたとする。この場合、「りんご」と「みかん」に関するシンプソン係数は、以下のように求められる。simpson(X,Y) = 1970000/min(5830000, 5370000) = 0.366852886なお、一般的には、シンプソン係数が高ければ高いほど、両方のキーワードの相関関係が強いと推定される

内容(「BOOK」データベースより)

「遠くにいる人」ほど、役に立つ。つながる数よりも質が重要、よく会う仲間よりもたまに会う人が支えになる―ネットワーク分析で解き明かす、最も効率的な人間関係の築き方。
 
6 books in 2014


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永遠の0 [D2.日本史・世界史・近未来]

永遠の0 (講談社文庫)

永遠の0 (講談社文庫)

  • 作者: 百田 尚樹
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2009/07/15
  • メディア: 文庫
『永遠の0』と日本人 (幻冬舎新書)

『永遠の0』と日本人 (幻冬舎新書)

  • 作者: 小川 榮太郎
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2013/12/12
  • メディア: 新書

  「永遠の0」は350万部も売れたそうです。最近は、日本の再発見のような気持ちが、日本人の心の間に起きださしているような気がします。

 政治的には、

 「戦後自虐史→日韓の反日の加速→何か歴史認識が違うのではないかという気持ちの芽生え」 と

 経済的には、

 「バブル崩壊→失われた20年→アニメなどによる日本ブーム(モテ期)→震災時の日本力の発見→アベノミクス→日本は頑張れるのじゃないかという自信の復活の兆し」

 という流れを感じます。
 

内容紹介

「妻と娘のために必ず生きて帰る」と言い続けながら特攻を志願した、『永遠の0【ゼロ】』の主人公・宮部久蔵。その強烈な生と死は、「特攻とは何だったのか」「日本人はなぜあの戦争を戦ったのか」という、我々が向き合うことから逃げてきた問いをつきつける。映画『永遠の0【ゼロ】』から、『風立ちぬ』『終戦のエンペラー』、小説『永遠の0【ゼロ】』、そして特攻隊員たちの遺書へ。丹念な読み解きを通して、「戦後」という見せかけの平和の上に安穏と空疎な人生を重ねてきた日本人に覚醒を促す、スリリングな思索の書。

「大東亜戦争」を戦い抜いた日本人は、かくも美しく強靭であった。
第一章 戦争は単なる悪なのか――映画『永遠の0【ゼロ】』が照らし出す亀裂
第二章 「戦後日本」の美しき神話――映画『風立ちぬ』のアンビバレント
第三章 偽りと不信の日米関係――縮図としての映画『終戦のエンペラー』
第四章 「戦後」からの決別――小説『永遠の0【ゼロ】』の奇跡
第五章 特別攻撃隊とは何だったのか


5 books in 2014

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ソニー病 [D4.経営戦略]


ソニー病 (Yosensha Paperbacks)

ソニー病 (Yosensha Paperbacks)

  • 作者: 城島 明彦
  • 出版社/メーカー: 洋泉社
  • 発売日: 2006/01
  • メディア: 単行本

内容紹介

【ソニーが不振に陥った原因を多面的に解明し、2006年以降のソニーを大胆予測!】

アップルに先んじられ、サムスンにブランド価値で抜かれ、利益率で松下の後塵を拝す。
こんなソニーに誰がした?

ソニー製品は壊れやすいという印象を植え付けた「ソニータイマー伝説」、自社規格にこだわりアップルと破談、囁かれる日経との癒着、ソニーBMGが失った信頼、盛田ファミリー企業の経営破綻など、これまでタブー視されてきた内容にも言及しています。

日本が生み出した世界に誇るエクセレントカンパニー、ソニーはなぜ「輝き」を失ったのか? そして、不振脱却への道筋をなぜ見せられないのか? に迫ります

3 books in 2014



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ソーシャル・ネットワーク - SNS [人事2-コンピテンシー・イノベーション]

  ソーシャル・ネットワークというと、日本人は、7世紀後半から年賀状を送ったりしていたそうです。暑中見舞いも江戸時代前からだそうです。欧米もクリスマスカードとかいう習慣があり、人類は、ネットーワークを重要視していたのですよね。

 私も昔は年賀状とか出していました。でも結構手間がかかります。90年代半ばくらいからPCで、住所録を登録したりして、かなり便利になりました。その後、メールが普及しだして、メルアド持っている人には、メール。その他の人は、年賀状を出すとかいう時期があり、ここ数年は、もう年賀状も出さなくなりました。せいぜい、Face Bookで「おめでとう」といういうくらいですかね。

 今までは、ずっと会ってない人に、年に一回くらいは、年賀状とかで、つながりを維持していたと思いますが、今は、Face Bookとかで、ずっと繋がって、近況も知っているので、わざわざ、確認する必要がなくなってきたのでしょう。

 ネット社会でのネットワークの変化ですね。最近は随分便利になりました。普段合わない人でも、いつでも簡単にコネクションができます。

 さて、そういう事をつらつら考えていると、自分のソーシャルネットワークの歴史を振り返りたくなりました。最初にUemura's Worldというホームページを作ったのが1998年(41歳)です。結構、Updateには労力かかりました。このころは、いろいろ活動していたので、それのお披露目的な発信でしたね。当時、自分のホームページ持っている人は、凄くまれでした。4年くらいやったのかな。

 ホームページの更新もだんだんおろそかになった2006年10月(49歳)からブログに切り替えました。これは、今でも書いています。もう2,200話、百万アクセスを超えています。

 それから2010年7月(53歳)からFace Bookを始めました。若い人は千人くらい繋がっているようですが、私は今のところ267(会社日本100、海外100)ですね。今までは、繋がりリクエストをもらった人だけと繋がっていましたが、今後は、こちらからも積極的につながっていきたいと思います。そうすれば、近況を伝えたい、知りたい友人・知人とは、皆繋がれます。もう、FBは、大分、ポピュラーになってきましたので、そういう使い方ができる時期です。

 2013年6月(55歳)からLinkedinを始めました。コンタクトは、まだ29人です。

 これが、私のSNSの歴史です。

 今のそれぞれの使い方は、まず、Face Bookですね。これは、旅行、イベントなどの時に写真を撮り、もっぱら、写真ホルダーのような使い方をしています。それと、友人、知人の近況を知る、後は、彼らから面白いネタを教えてもらうという使い方ですね。

 そして、その私的なイベントなどをブログにアップします。FBの写真は、リサイズされているので便利です。また本を読んだらその要点を書きとめたり、ゴルフのスコアをつけたりという記録をつける目的と、何か感じたことをつらつらとブログにランダムに書きます。雑記帳のような使い方です。ほぼ毎日つけています。「書くネタがない=何も活動していない」ということになりますので、自分の活動Logを分析できるということにもなります。

 そして、そのネタを基にして、会社用のブログを書くというのをもう5年間しています。

 この一連の活動は、自分の思考を言葉にするというプロセスなので、非常に役に立ちます。頭の中で考えていることは、いったん外にだし、文章化すると非常に整理され、思考が堂々めぐりせず、新たな考えは、前の結論からスタートできるので、思考の整理に非常に役に立ちます。また、会社のブログには、それに対する、コメントなどをもらえるので、さらに思考を広げれるメリットがあります。

 そして、今、使い方を掘っているのが、Linkedinです。これは、以前から知っていたのですが、転職するための履歴書を送るサイトだと思っていましたので、ちょっと引いていました。しかし、コンセプトはそうではなく、ビジネス上の真面目なネットワークの場のようです。

 このサイトのメリットは、まず、履歴書をフォーマットに従って書けるということです。転職しない、していない人は、履歴書書いた経験がありません。しかし、これで書いてみると、自分のキャリアが棚卸できます。しかも、表彰やボランティアなどの項目などもあり、意外と、自分の履歴がたいしたことがない事を痛感できたりします。他の人の履歴もみれるので、どういうふうに書くと自己PRができるのかの勉強にもなります。そして、それは、将来の行動にポジティブな影響力が出てきます。次に、ネットワークです。まずは、会社の同僚と繋がるのでしょうが、彼らの履歴書もみれ、知らなかった事を知るので、より深い理解ができます。次に、会社を辞めた元同僚と繋がると、今、彼らが、何をやっているかもわかり、意外にその業界の事などを聞いたりできるかもしれません。

 一番やっかいなのが、それらの友人と繋がっていて、自分が知らない人からのつながりリクエストです。ネットワークを広げたいのであれば、つながるのも手でしょうが(先方はそう思っています)、自分に必然性がないと意味がありません。大学の教授とかであれば、なんとなくいいかなとか思いますが、そうでない場合は、ちょっと悩みますね。今のところHoldにしています。繋がると、何か発信している人は、その記事が自動で入ってきますので、その記事が有益な場合は、つながるメリットがあります。

 また、非常に著名な人、例えば安倍首相やジャックウェルチなんかも使っています。彼らは、このツールを利用して、いろんなことを発信しています。それをフォローするということもできます。

 これをビジネスに活用している人もいます。特にヘッドハンターは、積極的に使っています。

 そういえば、2001年(44歳)の時に、キャリア研修があり、その時、人脈がどのくらいあるかとかやりましたが、その時の結果は、ちょうど100人でした。その時の結果は、会社で仕事上の人脈が6割、会社以外でプライベート上の付き合い(同級生、親類等)が4割という結果で、会社の人脈でプライベートの付き合いがある人や、会社以外の人脈で仕事の付き合いがある人は、かなり少ないという結果でした。全体でも、少ないです。

 東大の安田雪助教授によると「ある調査によると、日本人1人当たりの知人の数は200~300人、アメリカ人は1200~1500人。アメリカ人の中でも知人が多いのは、引っ越しの多い人、頻繁に転職する人、出世したり転落したりして社会的に階層を移動する人。つまりいろいろな意味で「移動の多い人」ほど知人が多い。一方、日本人は、アメリカ人ほど頻繁に転職や引っ越しをするわけではなく、社会階層の移動も少ない。」

  しかし、アメリカ人の1200~1500人というのは凄い数ですね。知人なので、友人より範囲は広いでしょうけど。たとえば、社会人になって20年の45台半ばの人を平均だとして、社会人になって、毎年40人知人を増やしても20年間で800人です。残りを子供の頃や学生時代とうると、その時に400-700人という数 になります。仮にそう仮定しても、毎年40人の知人を増やすのは、そう簡単ではないですよね。

 また、「企業と社会の間に信頼を醸成するには、日々地道なレベルで、多種多様な人々に多種多様なメディアで語りかけること。コマーシャルやプレスだけがメディアではない。従業員1人に500人の知人がいるとすれば、彼らが知人に会社の姿勢を誠意を持って伝えれば、従業員数×500人の信頼関係ができ、その500人がまた誰かに話してくれれば500×500=1億2千5百万人の信頼関係のネットワークができる(従業員500人)。そういう形で多種多様な橋を架け続ければ、信頼のネットワークが必ず形成され、日々新しい信頼が醸成されていく。」とも言っています。

 そういえば、同僚が回してくれた記事の「Why Every Employee At Your Company Should Use LinkedIn」にも同じ趣旨の事が書いてありました。

 6階層、6人と繋がれば、世界中の人と繋がれるとか言う有名な話があります。昨年は、新しい仕事についたので、名刺交換は500名くらいありました。Lnkedinは、まだフル活用はできていませんが、面白いとは思っていますし、ネットワークも広げたいと思っています。


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技術空洞 [D4.経営戦略]


技術空洞 Lost Technical Capabilities (光文社ペーパーバックス)

技術空洞 Lost Technical Capabilities (光文社ペーパーバックス)

  • 作者: 宮崎 琢磨
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2006/04/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
海外の本の翻訳本かと思ったら、光文社ペーパーバックスの4重表記(日本語、英語、カタカナ、ひらがな)という新しい手法のようですが、非常に読みにくかったですすね。

内容紹介

■技術が消えブランドだけが残った!
 いまやソニーは昔のソニーではない。この現実を私はVAIO開発に携わってつぶさに体験し、絶望して退社した。現在、薄型液晶テレビBRAVIAが好調で、「ソニー復活」とまで言われているが、それは木を見て森を見ないメディアの勝手な判断である。なぜなら、BRAVIAのパネルは韓国サムスン製だからだ。独自のブラウン管技術で市場を疾駆したかつての姿は、見る影もない。同じように、携帯音楽プレーヤーの代名詞だったウォークマンは、現在iPodに完膚なきまでに叩かれている。
 つまり、今のソニーには誇るべき独自の技術がほぼなくなってしまった。新CEOハワード・ストリンガーが立て直そうとしているソニーは、ソニーという一流ブランドを持った三流企業でしかない。
 数字至上主義、歪んだ成果主義、社内の派閥争い……これらが、ソニーから企業存立の根幹である技術を奪い去ってしまったからだ。
 
2 books in 2014


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ハーバード・ビジネス・レビュー 2014年 02月号 [D5.マーケティング]


Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2014年 02月号 [雑誌]

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2014年 02月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2014/01/10
  • メディア: 雑誌

1 book in 2014
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必死に生きる [人事4-キャリアプラン]

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  日本の昔は、農業が主役で、人手が必要でした。しかし、まだ、皆貧しく「貧乏子だくさん」とか言われ、子供の労働力を当てにして、たくさんの子供がいる家庭が普通でした。戦争中まで、「産めよ増やせよ」というのが国家戦略でもあり、10人兄弟とかいう家庭も珍しいものではありませんでした。戦後は、二人が標準となっていきます。

 その後、女性の高学歴に伴い、晩婚化してきて、平均の子供数は、2を割り1・ちょっとになってきています。女性の高学歴化に伴う、晩婚化や裕福な家庭ほど、子供の数は少なくなっている(教育費の問題から)のも世界的な現象です。

 最近の日本の調査では、そもそも結婚したくない男女が増えてきているそうです。調査では、特に男性の「草食化」が深刻になってきたとあります。これは、動物としての本質の問題に関わります。そもそも生物は種の保存というDNAが組み込まれているはずですなのに。

 今日、昼食時に同僚とその話題を話していたら、「あまり裕福になると、種が途絶えていくのかもしれませんね」と言う意見もでました。

  話は、変わりますが、若い時は、音楽のヒットチャートには、すごく関心があり、一生懸命聞いており、音楽が生活の一部でそれなしには語れなかったと思いますが、中高年になると、ヒットチャートには、驚くくらい関心がなくなったのも実感としてあります。これは、何なんでしょうか。

  私の友人に、「何歳くらいまで生きたいか」と質問すると、皆、「そんなに永く生きたくない。70歳くらいで死にたい。」と言います。平均寿命が80歳を超えている事実を知っているのにも関わらすにです。小学生に聞くと多分「ずっと生きたい」と言うと思います。この差は何なのでしょうか。

  昔は、自然と普通に肉体的にも、感覚的にも老化して、今までは、皆死んでいったのでしょうが。今は、好むと好まざるとに関わらず、医学が飛躍的に進歩して、人間は、そんなに簡単には死ねないようになってきたと思います。100歳くらいまで生きると思います。

  こういう事を総合的に考えると、本来、人間が持っている「生」の本能と「環境の変化」にズレが生じているような気がします。つまり、子供の件は、本能が環境に影響されて、本来の本能が歪んできた。死に関することは、本能通りには、環境がさせてくれなくなったということでしょうか。

  今までは、この環境変化が、凄くゆっくり起こっていたので、水中で生きていた我々の祖先は、陸で生きれるようになったわけで、環境変化と共に進化(退化?)してきたわけです。しかし、今の急激な変化は、対応してしまう所と対応できない所が出てきていて、今までの論理でいくと非常に変な対応の仕方をしているのかなと思います。

  時々、「老いに抵抗せず、自然体で生きていきなさい」という著名人の意見を聞きますが、少し反論したいのは、その「自然体」というのは、昔の「自然体」ではなかろうかということです。今の環境下ではそれは、自然じゃありません。今の環境に合わせるなら、歳とっても「筋トレ」しないと、医学が進歩した現代では、ただの「寝たきり」になってしまいますよと思います。

  人間本来の「本能」のまま生きるのであれば、死ぬまで「必死」に生きるのが自然なのではないのかなと思います。


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2014年の読書 [C1.読書 (読み)]

  2013年は、110冊読破(英語5冊)という記録を作った年でした。日本では、当たり前ですが日本の本が本当に簡単に入手できるので、休日は、読書を本当に楽しみました。おかげで、ランニングをサボったりとちょっと他の活動に影響が出ました。ちょっとどういうジャンルを読んだかというと。

1)経営(18冊)-意外と経営学を学習してなかったなという反省から結構意識して読みました。

2)政治経済・歴史(10冊)-昭和史ですね、特に中韓との歴史をよく知りたいと思いました。

3)イノベーション(9冊)-これも仕事上のHot Topicです。

4)心理学(5冊)- 昨年から読み続けていますが、やっと全体像がつかめてきました。

5)統計学(4冊)- これは、新しいジャンルですね。21世紀は、データ・サイエンティストが一番Sexyになるという言葉に触発されました。

6)人事関係(57冊) -グローバル人材(14)、組織論(10)、リーダーシップ(8)、キャリア(8)、人材マネジメント(7)、人材開発(4)、採用(4)、CSR(2) - キャリア論とかが新しいとことですかね。

7)その他(7冊)

今までの私の読書法は、手当り次第に読むという感じでしたが、ちょっと計画立てて読んだほうがいいと思います。

MOTという観点で、押さえておきたい基礎知識では、R&D、知財、オペレーション、財務といった所をもう少しおさえないといけないので、これは、学習という観点から、少なくともそれぞれ3冊づつ、計12冊くらいは読まないといけません。興味があるところでは、統計学と東アジア現代史を合計10冊くらいですか。イノベーションと経営学も合わせて10冊ですね。これで32冊です。今年の目標は80冊ですので、後、48冊は、好きな本を読めるという事ですね。英語の本は、もらったのが後5冊くらいあるので、それでも読むことにしましょう。


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10組ゴルフ [A3.ゴルフ]

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  今年、初ゴルフです。例によって高校の同級生とです。今年は、年間平均を105まで持っていくのが目標です。そのためには、アプローチとパターを真剣にやるということです。わかっちゃいるけど、、。

  プレーは、年間15回にして、数を絞り、その代わりにちゃんと事前にパターの練習するなど、真面目に取り組みます。

紫あやめ36 102 F7(50% 、B3) B1,PT39,I45

今年一回目


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ミニスカートと定年制 [人事4-キャリアプラン]

   子供の頃は正月に家族でよくテレビを観ていました(昭和ですね)。しかし、よく両親が「懐かしのメロディー」なる番組をチョイスしていたのは、辟易していました。私には、知らないオジサンやオバサンが出てくる、何も面白くない番組だったからです。

 当時、山本リンダが流行っていました。彼女は私より六つ年上で、当時既に私にとっては大人でした。彼女は私が9歳の時に、既に「こっちゃうな」で歌手デビューしていたのです。

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  あの時に、私が親に言った言葉を今でも覚えています。「僕が大人になって「懐かしのメロディー」を観たら、この山本リンダが登場するのかな?」と。

  あれから、ずいぶん時が経ち、あの時の親よりも私は、年上になりました。「懐かしのメロディー」も十分楽しめる歳です。テレビを観ていたら40数年前に予言していたことが起こりました、「山本リンダ」登場です。

  

 

 

 「、、、、、」

 

  これは、一体何なのでしょうね。まだミニスカートで踊ってらっしゃいます。62歳です。

 

  日本は、少子高齢化を迎えており、政府は65歳までの「雇用延長」を企業に義務化しました。70歳定年制も早晩実施されるでしょうし、その後には、定年制廃止になるかもしれません。米国やドイツでは、「定年制」はありません。よく考えると、日本でもサラリーマン以外には定年制ありませんね。芸能界でも皆、ずっと働いています。そもそも、日本で定年制が普及しだしたのは、1930年代といわれるので、まだ80年くらいの歴史です(60歳ちょっとが平均寿命の時の55歳定年制です)。

  世の中、明らかに変化しています。「定年制って、あったんだ。それって、おかしいジャン、昔の日本はそうだったんだ。江戸時代にもなかったのに、ヘンなの」と皆が言う世の中がすぐ来ます。


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神の数式 [Others]

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  先月、ヒッグス博士の提唱していた「ヒッグス粒子」が、実験で確認できたという事実により、ノーベル賞を受賞しました。

  その流れで、年末のNHKスペシャルで四夜に渡って「神の数式」という番組が放映され、今日、一気にオンディマンドで視聴しました。

  これは、物理学者が、「あらゆる自然現象は数式であらわせるはず」であるということで、アインシュタインの「相対性理論」からの歴史をおったものです。

  1879年(明治11年)生まれのドイツ系ユダヤ人のアインシュタインは、1905年(26歳)に特殊相対性理論を(日露戦争の頃です)、1915年(36歳)に一般相対性理論を発表(1914年、第一次世界大戦勃発)。1921年(42歳)にノーベル物理学賞を受賞しました。翌年、1922年に日本にも一か月滞在しています。私の故郷の福岡にも訪問しました。そういえば、高校の中庭にその時の記念碑がありましたね。

  さて、物質を構成する素粒子については4種類あり、電子、ニュートリノ、アップクォークとダウンクォークだそうです。その発見と数式(上図の式)の歴史を振り返ります。これが「標準理論」と呼ばれるものです。

  素粒子の数式の1行目(基本素粒子)は「ディラック方程式」と言われ、1926年にオーストリアの物理学者エルヴィン・シュレーディンガーが量子力学の一形式である波動力学の基礎方程式として提案しました。彼の持論は、、「物理法則は数学的に美しくなければならない。」という見る人の視点が変わっても性質が変わらない、物理学でいう「数式に対称性ある」ことが必要だということです。なんだかスティーブ・ジョブズのような話です。

  2行目の原子どうしを結びつけている力の電磁気力の数式に挑んだのが東欧系ユダヤ人のオッペンハイマーです。電磁気力に対して成り立つ新たな対称性(ゲージ対称性)を求めることに成功しました。しかし、その理論には重大な欠陥がありました。「電子のエネルギーが無限大になる」ということです。無限大のエネルギーを認めてしまうとこの世界に物質は存在してはならないことになってしまということです。そして時代は、第二次世界大戦へ向かいます。彼は、原子爆弾開発を目指すマンハッタン計画に巻き込まれ、初代所長になり、原爆の開発を担当することになりました。こうして彼は「原爆の父」と呼ばれるようになったわけです。

  彼は、原爆を威嚇としてでなく、実際に通常兵器のように使用された事に大変失望したそうです。そして、研究から距離を置いていた彼の元に敗戦国日本の朝永振一郎という物理学者から手紙が届き、電子の無限大のエネルギーという矛盾を解決する複雑な計算方法(繰り込み理論)を発見したと言ってきました。それをオッペンハーマーの協力のもと、米国の物理学誌にその論文を発表しました。同時に他の物理学者も発表したので、1965年にノーベル物理学賞を三人で共同受賞しました。これで二行目の完成です。

  3,4行目の数式は、中国人物理学者のヤンにより1954年に解明されました。この数式はゲージ対称性の発展形であり「非可換ゲージ対称性」というものでしたが、この数式によれば力を伝える粒子の重さがゼロになってしまうという現実と相いれない矛盾をうむものでした。

  クォークの重さの謎を解決したのは、32歳で渡米した南部陽一郎でした。彼が2008年にノーベル物理学賞を受賞したのは1961年(40歳)の「自発的対称性の破れ」という理論でクォークの重さの謎を解明したことによるものでした。彼は、異質の天才と言われ、素粒子以外の物理学全般に精通しており、過去のやり方に固執せず、自由な発想を得意としたそうです。「未来の事は南部に聞け」と当時言われていたそうです(現シカゴ大学名誉教授)。

  電子とニュートリノの「重さの謎」については、アメリカの物理学者ワインバーグは1964年に予言されたヒッグス粒子というこの世には存在しない都合のよい粒子を素粒子の数式に導入して電子とニュートリノが重さをもつことの説明に成功しました。

  それで、ヒッグス粒子は予言から40年後の2012年に発見されました。これが素粒子の数式の5行目の完成で、この発見により、ヒッグスは、今回ノーベル賞を受賞しました。

  これで「この世は何からできているのか」が数式によって解明された事になります。

 

  さて、次は、「宇宙はどこから来たのか」です。

  宇宙理論と言うと、「車椅子の物理学者」として有名なイギリスのホーキンスですよね。1965年(23歳)「特異点(ブラックホールの中心)定理」発表しました。宇宙誕生の謎は、その答がある場所は光さえも出てこれない巨大な重力の源のブラックホールであると言っています。小学生の頃、このブラックホールに非常に興味をもちましたが、全て吸い込んでしますのなら、宇宙には何ものこらないのではないのかとか思っていました。

  宇宙の存在は、標準理論だけでは、解き明かせないそうです。なぜなら、「重力の数式」が含まれていないからだそうです。素粒子理論と一般相対性理論を組み合わせても宇宙の謎は解明されません。それは、この世界には時間と空間の4次元だけでなく「異次元」が存在するからだそうです。

  ブラックホールの中心では重力は無限大になり「特異点」と呼ばれていますが、そうすると宇宙の始まりが解らなくなってしまうわけです。

  そして、1974年にシャークとシュワルツという2人の物理学者が「非ハドロン粒子の双対モデル」というが「超弦(ひも)理論」の論文を発表しました。無限大の問題は素粒子を「点」と扱うためにおきていて、素粒子を輪ゴムのような形の弦だと仮定すると、この問題が解決されるというものです。超弦理論によれば宇宙はまず10次元世界として生まれたことになります。これが、物理学の専門家にはうけいれられないものでした。そして、シュワルツとグリーンは超弦理論の数式に一般相対性理論と素粒子の数式が含まれているか検証を始め、長い計算の果てに彼らは最後の計算にたどり着きました(496という数字が次々とあらわれてくるそうです)。これで、超弦理論は物理学の最前線に踊り出ました。

  その後、ホーキンスが再登場して、学会に「ホーキンス放射」という挑戦をします。それは、質量がないはすのブラックーホールが熱を帯びている謎です。

  これに挑戦したのが、超弦理論を研究しているポルチンスキーでした。彼は超弦理論を進化させて、「弦」はまとまって「膜」のようになるとして解決しました。この問題を提起したホーキングは2004年に敗北を認めました。ブラックホールの底の謎は解明されたわけです。

  さて、人類は宇宙誕生の謎を解くことができるのでしょうか?次のターゲットは「異次元の検出」だそうです。

   私には、すごく難解な話でしたが、人類が100年かけてここまで、解明できたことに感銘を受けますし、今後の100年で、またどのくらいの事が解明されるのだろうかと思うと本当に人類が神の領域まで行きさしたような感覚を受けました。


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新春言いたい放題-日本の未来 [D2.日本史・世界史・近未来]

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  今日は、元旦なので、日本の未来の話をしたいと思います。

  後、90年弱の2100年に、日本の人口は、100年前の明治時代くらいの人口、4000万足らず、要は三分の一になると国土交通省が発表しています。そして、後20年ぐらいで、65歳以上の人の人口比は40%に達します。少子高齢化です。

  さて、そうなると、日本経済は、どうなるのでしょうか。何もしないと、国内市場は、三分の一以下(高齢者はあまり消費しないので)に縮小し、半分以上の企業は生き残れなくなりますし、そうでない企業は市場を求めて海外へと逃避します。また、異常な高齢化により、年金、医療費負担は重く、労働者にのしかかり、破綻するしかなくなります。今でさえ多額の財政赤字は、増える一方でしょう。

  という、お先真っ暗な社会になります。これは、ずっと前から言われていた「少子高齢化問題」です。

  これは、今から何もしないという前提です。それでは、どういう対策があるのでしょうか。

【労働力ー女性】

  労働人口が減るなら増やさないといけないということで、女性の労働市場への参画があります。今の現状は、出産を期に労働市場から離れ、子育て終わった頃、パートという形で戻ってきているのが現状です。政府としては、男性と同じように、キャリアを続けられるように、「育児休暇の充実」等いろいろな施策を企業に求めています。そして、2020年までに、指導的立場(要は管理職)にある女性の割合を30%にする目標を上げています。

  これは、これで必要な施策で、社会的にも異論のない事でしょう。女性も働き続けれれば、低成長時代に夫の収入が増えなくても、妻の分も上乗せされれば、家族的には十分な収入があることになり、それなりに消費も期待できます。

  この施策には、私は二つの問題があると思います。

  一つは、「待機児童問題」です、要は、いろんな規制により、託児所が絶対的に不足しているということです。政府は、需要予測にやっと踏み込み、今後5年間に0~2歳児の保育サービス利用者を現在の24%(75万人)から35%(102万人)へという目標を掲げたそうです。私は、ここで、民間の参入を容易にする規制緩和が一番大きなポイントだと思います。子供を預かるということで、資格や設備の面などでの規制が、大手が参入する障壁になっているようです。昼間空いている街の施設はたくさんあります。家電量販店などは、基本的に「土日商売」なので、こういう場所もうまくコラボして使えるようにするなどの制度の柔軟性が要求されます。英会話教室を街の車販売ショールームを使っている事例もあるそうです。車ディーラーとしても、昼間空いているし、親が毎日送り向かいするので、そのコネクションで、最終的に車販売に結び付いたりするので、非常に積極的にコラボしているそうです。また、少子化により、小学校の空き教室もあるらしいのですが、学校側は積極的な託児所設置には協力的でないそうです、これは、民間ではないからでしょう。政府には、是非、制度を柔軟にしてもらい、現在ある箱物再利用などの民間のクリエイティブな事業施策を促し、低価格で、託児所サービスが提供できるようにしてもらいたいと思います。後は、保育士の待遇改善ですか。モンスターペアレンツなど結構大変な仕事の割には、経済的報酬はそれほどでもないそうです。ここも、仕事分担をモジュール化するなどの、BPRが必要なのでしょう。これは、今、飲食業界で大手企業が得意とするところなので、それを規制するような法律の見直しが必要だと思います。後、付け加えるなら、「配偶者控除」です。この控除を受けようとする配偶者の奥さんが、パート勤務などで収入を得ているときに年間所得を「103万円までに抑えてほしい」ということになるわけですが、これが、もっと高所得の仕事につくインセンティブを阻害している事も否めないと思います。

  もう一つは、心理学でいう「社会的ジレンマ」です。企業は、大切な事だとわかっていても、実際に労働者が圧倒的に不足している場合を除いては、コスト増になることは、個々の企業の戦略には合致しないわけです。しかし、全ての企業が、これをやらないと結局、上記の「最悪のシナリオ」通りになり、企業は窮地に陥るわけです。だから、政府が目標を決めて、強制しているわけです。よって、企業の労働者が圧倒的に不足していない場合(現状ではほとんどの企業)には、女性の登用は、他の理由が必要です。現在、企業では、「多様性ーダイバーシティが新しいアイデアを産む」と言っていますが、言っている企業自身が腹落ちしていない部分もあるかなと思います。これは、先日、同僚から教えてもらった「タスク型の多様性」と「デモグラフィー型の多様性」を混同しているからです。つまり単なるデモグラフィー(女性の)が多様性が増したといても、生産性が高まるわけではない。違うスキルやコンピテンシーの多様性がうまくミックスしないと、生産性は高まらないという考え方ですね。よく、メディアは、スーパーウーマンを登場させ、女性の活躍を称賛し、皆のロールモデルのように示しますが、正直言って、皆があのようなスーパーウーマンぶりは再現できないと思います。私はそれよりも、多様性に富んだ組織を上手にリードして、そのおかげで、高いパフォーママンスを出している管理職や職場のやり方の方が、企業には参考になるのではないかと思います。こうなると企業戦略とマッチしますから。政府は、育児休暇三年間へ延長とかいう施策を提言していますが、これは、企業の社会的ジレンマを認識していない例の典型です。これは、さすがに有識者から即反論でていますので、今は、理解していると信じますが、やっていることは正しいので、ここらへんの根本的な問題を理解して進めてほしいと思いますし、企業側ももう一歩この点については、深い洞察が必要だと思います。

【労働力ー高齢者】

  同じ理由で、高齢者です。これも経済には、インパクトがあります。高齢者が働き続けると、労働力の補填以外に、年金の節約になり、財政に大きく貢献します。また、他国も遅かれ早かれ高齢化の波はやってきますので、この問題にうまい解決策がでれば、世界にも貢献できる地球規模で大事なことです。

  これも政府は、重要性を認識して対策をとっています。現在は65歳までの雇用延長法です。しばらくすると、70歳までの定年延長にまでなるでしょう。政府としては、年金財源問題が待ったなしなので、主にここの観点から推し進められています。

  ここにも、企業にとっては、「社会的ジレンマ」が発生します。現在のように労働力不足に直面していない現状下の雇用延長は、そのまま、若年層の採用止めになってしまします。企業としては、安価でポテンシャルの高い労働力のほうが、企業戦略にはマッチするわけです。仮に、しばらくして労働力不足に陥いり、海外にも事業をシフトできない場合、また女性雇用でも充足できない場合に、この問題は大変重要になります。さて、すんなり、高齢者が、不足する労働市場を充足するようになるのでしょうか。現在の高齢者労働市場は、警備や管理人というような業界に多く存在するようですが、今後、もっと高齢者が増える場合、どこで活用できるのでしょうか。企業で70歳定年になった時の役割はどういうものなのでしょうか。70歳まで管理職の地位にいると、その下の世代はそういうポジションにつくのがかなり遅くなります。企業は、既に役職定年制を導入しており、70歳まで管理職でいる事はないと思いますが、問題は、管理職をおりてからも十数年間も企業に居続けなければならないということです。その場合、部下のいない一人でやる仕事につくわけですが、その間にモチベーション高く仕事を続けられるのか、また企業は、そういう仕事を与えれるのかという事です。シンガポールのDFSには、比較的高齢の女性が働いています。今、シンガポールには、中国からの旅行者が多く、店に訪れていますが、まだ海外旅行慣れしていならしく、店舗ではいろいろな問題が起こっています。こういう時に、そのシンガポールの高齢の店員さんは、中国語を流暢に話しますし(若い人はそうでもない)、社会人としての経験豊富なので、実にテキパキと問題を処理しています。これを見ていると、まさにうまく経験豊富な人を適切な場所で活躍させているなと感心します。こういうふうに、高齢者のスキルを最大限に利用しながら、労働力を補填するという方法を見つけることが必要であろうと思います。

【医療費ー高齢者】

  高齢者の話になったので、医療費の問題にも言及したいと思います。高齢者社会は当然ながら医療費も多くなります。それを保険で補填することになるわけですから、国の負担も増します。ここは、医療の進歩にも期待するところで、予防医学や安価な医療の開発の早期実現が必要です。ただ、もう一つ踏み込んでみたいと思います。今、日本は空前のランニングブームです。これは、高齢化と共に流行っているのだと思いますし、東京都が「東京マラソン」を大成功させた後、各地でフルマラソン大会開催ラッシュになっており、凄くいい傾向だと思います。私も、15年以上前からランニングしているので、その変化がよくわかるのですが、走っている人は中高年が大部分を占めます。しかも、当然ですが、メタボの人は少数(メタボだと走れません)で、皆、健康なのがよくわかります。かたや、私はゴルフも20年以上やっています。ゴルフも大体中高年が多いです。ゴルフが終わると大体クラブハウスの大浴場で一風呂浴びるのですが、そこで、皆の裸をみてしまうのでわかるのですが、見た目だけで、メタボ率は90%です。お医者さんの話ですと、中高年の肥満は万病の元だそうです。よって、中高年、高齢者が皆、健康でいれば(本人達も当然そうなりたいと思っているはずですね)、医療費も低く抑えられるはずです。よって、持久系のスポーツをもっと普及させることを国は考えるべきだと思います。たとえば、欧州は特にサイクリング先進国で、自転車専用道路や乗り捨て自転車サービスなどの普及は目をみはるものがあります。日本でも、自転車通勤などを普及させたらいいと思うのですが、企業が、通勤時は危険で、労災になるということで積極的ではありません。実際、交通事故死者に占める歩行中及び自転車乗車中の交通事故死者数の割合で先進国中トップの45%に達している現状があります。自転車が安心して乗れる道路がないからです。「東京オリンピック2020年」を目指して、公共事業は、ここらへんを医療費との兼ね合いも考えて推し進めてほしいと思います。

  医療費の問題には反するかもしれませんが、高齢者の介護士の給料がすごく安く、若い介護士は家庭が持てないと困っていると母が言ってました。立派な仕事なのに、何故そういいふうになるのでしょうか、ここも大手が参入できない規制があるような気がします。託児所と同じように、BPRをやって効率化を図れば解決できるのかもしれません。

【労働力ー外国人】

  また、労働力に戻ります。もう一つの選択肢は「外国籍の人」です。これは、高度秘術を持った外国籍の人には、規制を緩和する施策が、既にとられていますが、もっと推し進めるべきだと思います。これと関連するのが、企業に課せられる法人税の高さ(36%)です。これを他の先進国並み20数%くらいに下げないとなかなか海外の企業は日本に来てくれませんし、日本企業が、海外へシフトする一因にもなっています。どこかの政党のように、「大企業優遇措置だ」などの短絡的なポピュリズムを意識した反対は慎むべきだと思いますし、マスコミの努力がたりないところでもあります。

 

  さて、労働力の問題の切り口から、長々と書きましたが、これは、ビジネスが拡大しない場合のシュミレーションです。今まで以上に企業のビジネスが拡大し、労働力不足がすぐ起きれば、企業は待ったなしで、女性、高齢者、外国人採用、登用するわけで、「社会的ジレンマ」は起きず、政府の施策と企業の戦略がマッチします。というか、政府がいちいち口出しする必要がなくなるわけですね。逆に、労働不足が起こる前に、市場が激減すると、労働力が充足見通しが立っても仕事がないという悲劇が産まれます。

  よって、一番重要なのは、アベノミクスでいう、第三の矢の「成長戦略」です。これなくして、日本の未来はないです。どこの分野での「成長戦略」でしょうか、上記問題を同時に解決できるようなイノベーションが産まれ、それが成長戦略になるのがベストなのは言うまでもありません。そうなると、「高齢者」「医療」「環境」「省エネ」「インフラ」などがキーワードになりそうです。これは、国も既に意識していると思います。

【高齢者】

  政府は「10万円で買える介護ロボットの開発」に助成金をすでに出していますが、「介護ロボット」や「パワード・スーツ」の開発にもっと注力し、グローバルに展開できるような国家プロジェクトすべきと思います。これは、最初に一番恩恵受けるのは、高齢化世界一の日本ですが、その後に続く、多くの国にも貢献できる商品だと思います。後は、高齢者ケアjホーム経営などのビジネスモデル自体のソフト面のイノベーションでしょうか(高齢者向け宅配、イー・コマースなどもう始まっていますね)。

【医療】

  医療をビジネスととらえるのは、日本では馴染みが少なく、アレルギーさえあるような気がします。海外では、既に「医療ツーリズム」と言ったビジネスが既に始まっています。東南アジアは、海外から安価で高度医療が受けられますよというビジネスを国家プロジェクトにしてたりします。米国企業ももこれに参入し、米国国内では高額で受けれない患者を東南アジアで治療するというビジネスです。先日、お医者さんにここらへんの話を聞いたのですが、日本の「国民皆保険」が、どうも様々な規制をつくり、ここでの改革は絶望的に難しいそうです。たとえば、厚生省は病院のランキングの情報公開を禁止しています。公開されると、国民は皆、一番いい病院へ行きたがりますので、病院が減って、結局、皆保険制度がなりたたなくなるわけです。また、その先生の話では、検査でかなりの病状が把握できるそうですが、現在の医療体制はそれがうまく機能してないそうです。ということで、この領域はかなり改善できる分野だそうで、日本は、本気になれば、これをグローバルにビジネスにしていける技術は既に持ち合わせているそうです。

【環境・省エネ】

  先日、北京に行きましたが、光化学スモッグでどんより曇っていました。北京の人とも話しましたが、「晴れた空が見たい」と本当に真剣に言っていました。私が子供の頃の高度成長期はそれこそ、毎日公害のニュースが出ており、子供なのにこのトッピクスは身近なものでした。1964年の東京オリンピックの時も東京の空は光化学スモッグに覆われ、今の北京と大差なかったそうですが、開会式の前日に雨が降って、開会式は青空の映像で残っています。というように、日本は、公害克服国としては、長年の経験があり、しかも「省エネルック」なんか死語になりつつあるように「省エネ」に関しても長年の経験があります。この環境先進国の立場を更に強化させて、イノベーションを起こしたいし、そのノウハウをビジネスにするということができないものでしょうか。たとえば、「Bento」は欧州で流行っているそうです。外食じゃなく、栄養価のある安価な昼食のイノベーションですよね。「もったいない」概念自体をビジネス・モデルにできないかとも思います。

これもある意味、「もったいない」のソフト・ビジネスかも(海外でも流行っているらしいので)

 【インフラ】

  世界中の都市も見てきて、日本のインフラの凄さには感嘆します。鉄道はもとより、混雑する一般道を走るバスが時間通りに運行する様は、世界中の人が驚愕する事ですね。政府は、14年度にインフラを輸出する新会社を立ち上げるそうですが、これは、立派な社会貢献にもなるビジネスだと思います。また、宅配のシステムも凄いし、インフラではないですが、トイレって、世界中で日本が一番近代的で綺麗だと思います。これも世界中で普及してほしい。

  全然、関係ないですが、この機会に日本の英語教育について言及したいと思います。東大を卒業した人も英語がヘタ、できないという事実を文科省と日教組は大いに反省しなければならないと思います。こんな国は日本しかありません。政府は、日本の英語教育は失敗している現実を真摯にうけとめてもらいたいと思います。これが、日本の経済発展にどれだけのブレーキになっているかというのをGDPで試算するとものすごい金額になると思います。大学入試にTOEICやTOFELを使うなど多少改革をしようとしていますが、これも待ったなしの問題です。

 

  さて、これも、余談なのですが、昨年の「あまちゃん」や「半沢直樹」の大ヒットをみると、まだマスメディアというかマスコミの重要性を感じます。情報操作ではないですが、日本が直面している問題とそれに対する対策をもっと意識して、国民に伝える義務があると思います。最近は、「言論の自由」、「ペンの力」のような迫力をマスコミには感じません。テレビをつけるといつも「お笑い」のオンパレードです。こういう公共の電波を使って仕事している人たちは何をしたくてこの仕事に就いたのだろうかと疑問に思います(まあ、世の中に笑いという幸せを送っているんだと言うのでしょうが)。そういう意味では、NHKは最近いい仕事しています。って言うか私が最近NHKをみているからそう言うのかもしれません。

  結局、政府任せにぜす、我々、皆が、物事を考え、発信し、議論すべきなのでしょう。

  100年前の日本は、こんな感じでした。

  その時、100年後はこんな未来になると想像しました。

  我々は、どんな未来をつくるのでしょうか?


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あけましておめでとうございます [Others]

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あけましておめでとうございます。

 

さて年末に、今年の振り返りをやりましたので、年初は今年の目標などの話をしましょう。

 

まず、経済的には、米国の景気が持ち直しているのに加え、日本経済も昨年より穏やかな景気回復基調にあると言われ、4月の消費税上げで一時的な冷え込みはあるかもしれないが、日本全体的には、株価も上昇基調、通貨も円安方向に進み、景気回復基調は変わらないのではいかというのが、今のところの大方の予想です。ひとつ懸念は、消費税増税がどう経済に影響するかですね。

  

 


 今年、既に予定されているイベントは、

 

1)1月;WCES2014;今週から始まるCESですが、多分、ウエアラブルPCのオンパレードになるのでしょうね。どんな新製品が出るのか楽しみです。
2)2月;ソチ冬季オリンピック(ロシア)・東京都知事選挙
3)3月;「笑っていいとも」32年にわたる放送終了; 学生の時に、この番組を目ざまし時計代わりに使っていた世代としてはさみしいかぎりです。
4)3月;WindowsXPサポート終了; 既に買い替え需要は始まっていますが、この月が特に企業向けPC需要のピークなのでしょう。
5)4月;消費税が5%から8%にアップ;この四半期は、一時的に消費が冷え込むとか、、。
   
6)6-7月;FIFAワールドカップブラジル大会; 四年に一度の大会です。皆で観戦したいですね。スポーツバーは流行るでしょう。
7)6-8月;iPhone6発売か?;「ワイヤレス充電」ができるらしいとの噂ですが、今年の各社の新機種は、この機能がつくだろうとの予測をよく見かけます(また、便利になります)。
8)10月;ASEAN首脳会議(ミャンマー):15年度統一を目指していますが、どうでしょうか、この時期はっきりするでしょう。
9)12月;10%の消費増税確定か?


 ということで、日本国内だけで言うと、4月の消費税増税の影響がどう後半に出てくるかがポイントですかね。年中は、ワールドカップなので、日本チームの頑張りで元気をもらいたいところです。


 さて、それでは、個人目標はと言う事ですが、私のやつは、

●ランニング(昨年50時間)→(今年180時間 8%)1500㎞ 2月の京都マラソンを皮切りにまたちゃんとやろうと思います。
●スポーツ;ゴルフ(200時間)→(150時間 7%)15回 高校の同級生とのゴルフです。今年は150回記念大会もやります。
●読書(500時間)→(350時間 15%)80冊で抑えましょう、他の事ができなくなります。週1.5冊(通勤で200時間はあります)。
●ブログ(300時間)→(300時間 13%)今年も書きます。ちょっと効率的にしないと、また時間なくなりますね。
●英語(50時間)→(150時間 7%)もうちょっと真面目にやりましょう。
●会食(300時間)→(300時間13%)まっ、これは、付き合いですから、、。
●その他(900時間)→(650時間 28%)このくらいは最低予定しておかないといけませんね。

 とすると
 残りが、(220時間 10%)ですね。昨年できなかった事がいろいろあるのですが、全部目標にするとまた「虻蜂取らず」になるので、優先順位を決めましょう。新しい事を中心に。まず、本を書きたいと思います(150時間)、美術館(30時間)、ボイトレ(40時間)このくらいですね。後、目移りするのをやめます。

 今年もよろしくお願いします。

 


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